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義行のブログ
師匠と出会い前向きになれました。 前向きの次は前に出過ぎる様になりました。 最後に自分の正体が分かりました、20年かけて。 今ここにその戦績を記す!
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草間義行

Author:草間義行
初めまして。草間義行と申します。島津先生にご指導を受けて早20年。本当に様々な経験をさせて戴きました。生きる事即ち修行と教えを受け、仏道修行と武道修行、そして社会生活を
同時に行い、自分を見つめ鍛えて自己研鑽の日々です。遠回りこそ目的への近道。51才。



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瀧!
久しぶりの独り瀧修行に出ました。
うーん、絶句。凄い。水量が。30m(以上あったかも)の直下型。
こんな所で出来るのかな?見た時の正直な感想です。これです。
IMGP4104.jpg

2011-08-20 07.38.25
これは私の前に近所の講(大雄山?)の方々かなと思いました。皆さんで声出して元気に
こなしておられました。ここは棒を使って瀧をやるそうです。行って分りました。その棒は
ここの傍に備え付けで置いてあるのです。

先客が居たのでどうしようかと一瞬思いましたが逆に自分の闘争心に火が点火!

<やらにゃ帰れない>

酒塩は今回不要と思い持参しませんでしたが用意しに一旦瀧場を出ました。
戻るとそこには誰も居ませんでした。

さてここからです。
ここの手順は左周りで瀧の後ろを通って瀧に入るのだそうですが自分は正面やや左から入って
塩酒で清めて九字切ってドカンと突入!
うぅ、凄い水量。頭や背中を水のパンチが容赦なく叩く。
IMGP4115.jpg

DSC_0461.jpg

負けてたまるか!潰されないぞ!格闘が数分続いたかと思います。
エネルギー全開。ううううぉぉおおおお。
IMGP4119.jpg
IMGP4142.jpg


力入りすぎだ。力を抜こう。

どどどどど。

こりゃダメだ。逃げ場なし。ならば対抗するしかない。

ふたたび雄叫び、そしてその繰り返し。

途中悲しくなった。なんで俺はこんな生活してるんだ。
俺の力は今の現状に満足はしていない。俺は不動明王だ。
なのに何故だ?どうしてだ?

そんな思いがこみ上げて来た。まだ雄叫びを。

いつもの出流の滝の様に<定>にはなれなかった。ある意味自分が丸裸になった瀧でした。

何分たっただろうか?一瞬朦朧とした。ほんの数秒の出来事だったが人間逝く時ってこんな
感覚なんだろうと後で回想しました。自分ではどうにもならない感覚。これがそうなのかも知れないです。
しかしこういう時って復帰の生命力が出るもんです。諺に<火事場の馬鹿力>とあるが確かにその通りだと
思いました。
DSC_0588.jpg



約小1時間位だっただろうか。瀧を出た。生命の限界というより集中力の限界を感じて。これ以上
根性大会やってても意味が無い。出るタイミングというのが非常に難しい。特に独り滝ではそういう
判断は自分でやるしかないのです。
DSC_0468.jpg


終わって温泉に浸かりながら色々考えた。


<佛道修行で得た力をストレートに生かすにはどうすべきなのか?>

もっと言えば、

<『自然の力』を体現するにはどうしたらよいか?>


これが私の最近の命題です。

答えは<三昧の境地>になる事。そしてそこには打算、計算、邪心などがあってはならない。

思えば瀧に打たれるという行為は至極単純明快な行為です。

やる前は色々思った。現状を変えたい、自分に打ち勝ちたい。
しかし一度瀧に入れば一心不乱。只管瀧に打たれた。雑念を始め自分の中の懊悩と戦った。

それで良かった。瀧の中で<裸>になれた。エネルギー全開を体感した。
表現が大変難しいが<活動的な三昧の境地>とでも言えば良いかな?兎に角、素の自分になって
生命力の爆発を感じた。そこには理由も何もないのだろう。

面倒な小理屈、己だけの正当性、損得勘定、打算、保身、計算、こういう思念は自然の力を
損なわせる余計なフィルターでしかない。自然には意思しかない。大自然様?がこうした方が
お得だなんて考えますか?そうでしょ?これは受ける人間側の問題なんだと思いました。

そう思うとこの世は生きにくい。そういう思念と常に共存しなければならないからです。
改めてそういうモノの存在を認めました。が否定したら生きて行けない。世捨て人です。

この世で生きる意味はそういう価値観の中に放り込まれてもどこまで自分に素直に生きられるか?
ある意味試されているのではないでしょうか?そして修行はすればする程に価値観が世間とズレて来る。
故に懊悩葛藤はして当然です。しかしそうと分っていても修行者は佛道で得た力を使う使命がある
のではなかろうか?そう思いました。

今回の最大の収穫は自然の力を引き出す手法を得た事です。しかしどこかで打算計算保身をしてしまう
のが人間でありしかも無意識にやってしまうのが又厄介です。人間捨てるとはそういう意味だと思います。
しかも言うは容易いがそう簡単に出来る事ではないのです。私も日常ではそう言う思念だらけです(苦笑)

故に今回の一番の収穫は<そういう状態>を体感した事です。そしてその場は自分で探すしかないです。

後半は独り事みたいになってしまいましたが今日は大いなる収穫でした。しかし瀧は誠に奥が深いです。

俺まだまだだな。
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