FC2ブログ
義行のブログ
師匠と出会い前向きになれました。 前向きの次は前に出過ぎる様になりました。 最後に自分の正体が分かりました、20年かけて。 今ここにその戦績を記す!
最近の記事



プロフィール

草間義行

Author:草間義行
初めまして。草間義行と申します。島津先生にご指導を受けて早20年。本当に様々な経験をさせて戴きました。生きる事即ち修行と教えを受け、仏道修行と武道修行、そして社会生活を
同時に行い、自分を見つめ鍛えて自己研鑽の日々です。遠回りこそ目的への近道。51才。



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



リンク

このブログをリンクに追加する



ブログ内検索



RSSフィード



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

神に逢っては神を斬り、仏に逢っては仏を斬り…
少し前から気になっている言葉があります。ある有名な日本刀の精神を書いた文章
にこうありました。

<神に逢っては神を斬り、仏に逢っては仏を斬り・・・>

うーん、何か引っかかる。ここに何が大事な要素がある。確かに匂う。それだけは
ピンと来るものがあります。でネットで調べた文章を転記します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『仏に逢っては仏を殺し、祖に逢っては祖を殺し、生死岸頭に於いて大自在を得ん』
『禅というのは否定から始る。羅漢に逢っては羅漢を殺せ。何もかも捨てて何もかも
 否定しないと始まらないそうしないと己が何者かは解らない

親も師匠も仏にしてもそれらが作った道に沿って生きてはいけない
「先生は、仏は、こう言ってました」。では、己はどうなのか。そこが問題だ。
束縛されない自在な精神でなければ禅の修業は完成しない』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とありました。元々は臨済宗の禅問答にある言葉だそうです。ここで言う斬るとか殺すを
そのまま読むと飛んだ勘違いになります。

とは言え文章ではこの精神を表現しようがないと思います。当てはまる言葉
が無いといった方が正解かも知れません。断片的に言うならば、

固定観念の打破、神仏は神仏、自分は自分、人としての誇り、プライド、孤高。

でしょうか。修行し始めの頃、不動明王の精神を教えて頂きました。

<一刀万殺、一刀万生>

不動明王の刀は万物を殺しも生かしも出来るという意味と習いました。
そこまで頭で理解は出来ますが、今それ以上の意味をここに感じます。

不動明王と言う佛は宇宙でたった一つ(独り)の存在である。私はそこが大事
だと思います。そしてここにも先程と共通した思想を感じます。

密教修行20年にしてやっとこれを考える所まで来たというのが感想です。
そして何となくではありますが体でこれが理解が出来るのです。何故ならそれを
体感した経験が私の体のどこかにあるからだと思います。

先日祭壇の大幅変更をしました。今祭壇の正面には何もありません。
本尊は左右に配置してあります。あるのは鏡だけです(これ自霊拝と言うのだ
そうです)。そして会社の社名に自分の名前を冠しました。

少しづつですが何かが自分の中で連鎖反応しています。
スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://noumakusanmanda.blog52.fc2.com/tb.php/422-549e5730
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。